かくして

プログレッシヴロックはパンクロック

エルフはレインボーになった

 

.     Rainbow – Ritchie Blackmore’s Rainbow(’75 Oyster / Polydor)

 

このHR/HM界=銀嶺の覇者となった超有名作について小生が今更くどくど語る事など無いので・・・

飛ばして行こう!

(お前いいかげんにしろよ)

ロニーのコブシ回しはますます磨きがかかりもう妖精とは云わせないレベルの鬼神っぷり

ベースのCraig Gruberは元々安定した手練れの職人だが

同じく手練れながらリッチーのクラシカルな指向とは正反対のホンキー・トンキン・パンピン・ピアニストの

Mickey Lee Souleにはさすがにヨーロッパ的な世界観のレインボウは無理だったろうし

よって彼の味は全くと云っていい程活かされていない

ただし

B-3にエルフ時代のノリノリ曲を下敷きにした『If You Don’t Like Rock ‘N’ Roll』を収録した事は

今となってはリッチーから彼への手向けとなるようにされた優しさだったのかもしれない

また

ドラムスの Gary Driscollにとってはロック界一タイム感に厳しいと云われるリッチーに

たった1枚分でも共にレコーディングをした事は勲章と云えるのではないだろうか

何と云っても前任/後任者はイアン・ペイスとコージー・パウエルと云う大看板なのだから

要は

ロニー一人を獲得したいが為のエルフ乗っ取り計画だったワケで

当時は頸切り魔と云われ人間性に疑問を持たれ避難されたリッチーだが

今から見ると

更なる超大作である次作の『ライジング』の予行演習的に

エルフのメンバーの紹介/有終の美も兼ねて彼らへの褒美的にリリースされたと思われる節もあって

案外経営者として粋な采配をする偽悪的に振る舞うリッチーの複雑な性格が垣間見られるのでR

(あくまで個人的妄想です)

だいたい

結成当初は「オレのギターだけを引き立てるためのグループではない」とか何とか

その後の結果とは正反対のような殊勝な事を云ってメンバーを引き立てていたしな

 

そもそも

この新バンドのプロジェクトが立ち上がったのはリッチーが

Quatermass唯一のアルバム(’70)からのカヴァー『Black Sheep Of The Family(A-3)』を

パープルで演りたいと提案したのに対し

「俺らわカヴァーなんぞやらない」と当時ファンク指向を強めていた他のメンバーに

言わばリッチー外しの様なふざけた理由で断られた事から始まり→

それにムカついてソロ・シングルを切るつもりが→

勢い余ってバンドを脱退して→

なんだかんだでアルバム制作にまで発展したモノだと云われている

件のUKプログ最重要バンド?であるトコロの鍵盤ハード・プログ・トリオ

クォーターマスについては以前ハード・スタッフの時に

さわりだけチラ〜っと貼ったような記憶があるが

ドラムスのミック・アンダーウッドは’60年代のthe outlaws以来のリッチーの悪友?てか

相談役でえろえろな局面でパープル関連(要はUKロック)の方向性に影響を与える事になる

ある種フィクサー的重要人物なので・・・

(あくまで個人的史観です また本人は大して有名でもない)

3年後にまた貼る事になるであろう

 

レインボーやロニーのその後(ブラック・サバス/ディオ等)についても禿しく冗長になり

ヴェルヴェット・アンダーグラウンドに戻れなくなるので・・・一旦退散したい

(と云いつつまだエルフつずく)

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