ところで

プログレッシヴロックはパンクロック

カセネット・カッツ系→1910 Fruitgum Co.その他と云えば

初期ライノからの雑誌風の体裁で作られた企画物コンピが驚異的な編集だ

 

Various – Rhino Teen Magazine – The Best Of The 1910 Fruitgum Company And Other Bubblegum Smashes (Volume 2)(’83 Rhino)

 

The Shadows Of Knight VS The Archies・・・だって?

驚異的と云ってもバブルガム・ヒットのベスト盤なんかで誰も驚かないと思われるだろうが

そこに何故かUKグリッターであるトコロの初期The Sweetをぶっ込んでいる事が白眉じゃまいか

ザ・スウィートと云えば中期の『ボールルーム・ブリッツ』辺りのハード化したグラムや

その後の華麗なコーラスを聴かせる自作ハードロッカー期はとりあえず一目置かれる事はあるが

もっと初期の子供向けポップスとされたシングル量産バンド期は

あまりに童謡っぽくロック以前のゴミみてぇな歌謡曲とされてほぼほぼピックアップされる事が無い

駄菓子菓子

それを『バブルガム・ポップ』の中の一つとして捉え直すとあーら不思議な目からウロコ

全く違和感無くそこにハマっちゃったんですねー

だいたいザ・スウィートって名前からして『お菓子』でしょ

曲名は”Co-Co” “Funny Funny” “Chop Chop”とか

これってこのコンピのBラスにも収録されているトコロの

ザ・アーチーズ”Shugar Shugar(お砂糖お砂糖)”と発想同じてかパクリじゃん

 

これって小生が冒頭で先述した

「アメリカにはプログレと云うジャンルは無くプログレは英欧の民族音楽」と事の裏返しで

英米のロック・シーンはほぼほぼ同期していたようで実際は断裂していた部分がある証明・・・

要は初期ザ・スウィートはミッシング・リンクなのだ

盛りやすく云えば日本史空白の4世紀空白の400年的な何かだ

(解りにくいし全く違います)

しかも

YES!

この時期のザ・スウィートをプロデュースしていたのはあのチン・チャップマン・プロダクション

そう

ブロンディのトップ・ヒットを量産プロデュースしたマイク・チャップマン(片割れ)なのだー

点と点が繋がって目がt(ry

今は知らんが’83年やそれ以前にUKグラム(多分The Sweetだけみたいな気がするが)が

実はUSバブルガムの鏡像だったと提示した人なんて犀さんしかいなかったてか初めてですよ多分

(あくまで個人的見解です)

さすがその後再発界の覇者と成長されたライノ・レコーヅだけあっての慧眼とい云え魔性か

 

あと

前述の様にパンク期に再発見されてえろえろなパンカーにカヴァーされそのどれもがヒットした

Tommy James & The Shondellsは一般的にはバブルガムなバンドとされているが

聴いてみると大半の曲は割とちゃんとしたブルー・アイド・ソウルなバンドで

「バブルガム=ガキっぽいキャッチーなポップス/ソフトロック」という先入観はさほど当たらない

これは件の1910 Fruitgum Companyにも同様に言える

 

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長くなるのでこの辺で中断するがこの辺は重要事項杉で試験に出るんで(出ません)

今後更に実例を示しつつ深く掘り下げて行きたいモノだ

NYパンクのルーツがレニー・ケイの編纂したナゲッツのようなガレージなバンド群にあるとはよく云われるが

トミー・ジェイムス&ザ・ションデルスや1910 Fruitgum Co. あるいわザ・アーチーズ的な

コマーシャルで大衆的なバンド群はその中には入っていない

でも

ジョーイが興したサーフロックの影響下にあるとされるラモーンズの気に入りは『Indian Giver』だったわけだ

なんたってカセネット・カッツの代表曲は『Quick Joey Small』なんだぜ

 

兎に角

パンクロックはバブルガムポップ

わかった?!

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