パンクNWサイドに関わった他の例について
. Graham Parker & The Rumour – Squeezing Out Sparks(’79 Vertigo 4th)

グラハム・パーカーについては7〜8年前のStiff/Chiswick=パブロック特集で禿しく外出なんで・・・
飛ばして行こう
(定期)
『Squeezing Out Sparks』はグラハムがミンク・デヴィルのアルバムを聴いて気に入ったため
自分もジャック・ニッチェにプロデュースして貰いたい旨を申し出て快諾され→
ロンドンまで招いての録音が実現したと云う
またミキシング/マスタリングは米ハリウッドで行われた
なのでと云いま唱歌
既に出来上がっているジャックが担当した結果小生的には初期のグラハム・パーカーのような
怒りや苛立ちを感じさせるワイルドなパンクっぽさは割と抑えられ気味で
音像的に時代を切り開くような新しさはあまり感じられないマイルドな緩さがあり
ミンクとは違ったテイストのR&B/ソウルまたはレゲエが表現されていると思ったものだが
ただし
ジャックはバンドが本来持っている荒削りやシンプルさを強調したかったようで
いつものルーモア・ホーンズは入れずに
むき出しのルーモア・サウンドを記録したかったようだ
結果
それが上手くブレンドされたのか
英米の雑誌で年間優秀アルバムに選出される好成績を残す事になったのでR
初期ミンク・デヴィルはニック・ロウやデイヴ・エドマンズとツアーした事もあり
ブリンズレイ・シュウォーツ等のバンドから集まったザ・ルーモアの面々は旧知の仲で
ミンクのブルー・アイド・ソウルとかアメリ圏ルーツ回帰の音楽性には共感しかなかっただろうし
特にデイヴ・エドマンズはウォール・オブ・サウンズの求道者として
レッキン・クルー側にも認められる程のレベルだった故
パブの連中とジャックのスピリットは良い形で共振したに違いない
(あくまで個人的見解です)