「誰が

プログレッシヴロックはパンクロック

最初にヘヴィー・メタルと言ったか(名乗ったか)」は結構話題にあがる(議論になる)のに?

「誰が最初にパンクの名でレコードをリリースしたか」って話わあんまり聞かないのって・・・ワタシだけ〜?

まず

その候補としては件のザ・チューブス『White Punks On Dope(’75)』なワケだが

もう一丁アナザー・ザ・ファステスト・パンカー・レコーヅは・・・

これだーーー!

 

.     Brownsville Station – School Punks(’74 Big Tree 4th)

 

ブラウンズヴィル・ステイションは割とヒット飛ばしてる割にあんまり落ちてないヤツらなんだが

四枚目のタイトルが『スクール・パンクス』キターー!

このアルバム内にそのタイトルの曲は無いんでアレだし

ジャケのイラストの特にメガネ(Cub Koda)を見るとヲタッキーでダサいオサーンっぽくて

こいつらってホントにパンクなん?ってお訝しがりのゴキ兄もいらっしゃるかと思われるけど・・・

レンガの壁をバックに革ジャン野郎達って・・・

結局南極ラモーンズと同じやーん

音楽的には完全に成熟しているウマウマなバンドだし

時代も早いしミシガンなんでパンクそのものとは行かないが

ハードロック未満のブルーズ/ブギー/カントリー・ロッキンて感じか

Bラスではゲイリー・グリッターの『I’m The Leader Of The Gang(’73)』のカヴァーを演ってて

グリッター/グラム的風味もアリ

そんな中

実は下部幸田ってスゲェロック博士でネオロカニキでもあるのよね

 

それわともかく

彼らの最大のヒット/有名曲(全米3位)は3rdに収録されていたトコロの

『Smokin’ In The Boys Room』

(このBoysがPuksに繋がったと思われる)

↑ドラマーは既にもうトミー・リーが叩いてるみたいだ

 

んで

その曲を俺達のモトリー・クルーが『シアター・オブ・ペイン(’85)』でカヴァー→

シングル・カットー→全米16位とモトリー初のTop40内ヒットとなったのでした

iいや

モトリーにどハマりの曲だしぶっちゃけモトリーって

ブラウンズヴィル・ステイションの’80年代版コピーといっても過言では無いレベルで

音楽性が同一じゃナイッスか!

シュリンクを破り捨ててしまうアホが多かったが帯と同じで特にこの手の凝ったプロモステッカー付きのモノなどは絶対にキープしておかねがならない

 

そういや

モトリーって’00年のアルバム『New Tattoo』では禿しく前述のThe Tubesの曲

『White Punks On Dope』をほぼほぼデッド・コピー状態でカヴァーしているのだ!

(アナログ未発売の為現物補完出来ず)

むぅ士郎

点と点が繋がって線になって目が点になった〜〜〜!

とにかくモトリーってあくまでパンクスに拘るよな〜

え?

あいつらはメタルだろだって??

甘い!

甘酢具る!!

’70s〜’80sならともかく今時そんなくだらない境界線を引いてるのは境界性のお前だけだ

またそれを無効化するのがこの論説の趣旨でもあるなのだ

わかった?!

 

ふぅ

長い台本だったZ

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