ただし

プログレッシヴロックはパンクロック

元フレイムのジミー・クレスポがエアロスミスに参加したのは

ジョー・ペリーがスティーヴン・タイラーとの確執から

アルバム完成前に途中ですっぽかして脱退してしまったという

前作の制作中からだった

 

.      Aerosmith – Night In The Ruts(’79 CBS Sony)

 

アー写にはジョー在籍

しかし

エアロのギターと云えばジョーみたいなイメージだけれども

実際は大事なパート/ソロをブラッド・ウィットフォードが弾いているケースも多いし

このアルバムではギター・テク(ローディー?)だったニール・トンプソンや

古くから親交のあったリチャード・スパが部分的にサポートしていたりしているそんな中

それなりにナイスなアルバムに仕上がって

結果チャート・アクションも良かった

今現在の評価だと前述”Rock In A Hard Place”同様に

負のイネージから来る印象でイマイチ評価の低いアルバムの一つなのかも知れないが

『ロックス』や『ドロウ・ザ・ライン』と云った不朽の名作の後だけに

喪失感が大きいのであって・・・

要は

暗黒面に堕ちたジョーがちょっと居ないからと云っても

そんな余計な芸能界情報さえ知らなければ・・・

シンプルに音楽として向き合えば問題無いキリッ!

(あくまで個人的見解です)

 

また

ここでエアロのズッコイのは

お家騒動を隠したかったのか

まだ新メンバーは試用期間だったからなのかわ知らないが・・・

リアルタイム発売時には制作メンバーのクレジット表記を曖昧にし

てかジャケや内袋や解説にさえ表記されず

リチャード・スパやニール・トンプソンには謝辞や言及をしているのに

ジミー・クレスポの参加は伏せられているトコロだ

一説によると

ジミーは「黙ってジョー風に弾いてクレスポ」との

運営からのプレッシャーに辟易としておりそれが脱退の原因だと云われるが・・・

これじゃ辞めたくもなるわな

ジューダス/メイデン/ヘイレン/メタリカ等にも共通する

巨大になり杉てしまい企業化したバンド組織の内外が硬直してしまった故の

結局南極浮気出戻り気まぐれメンチェンが引き起こす災難に巻き込まれた

悲しい例と云え魔性か

(あくまで個人的見解です)

 

んでででででででで

エアロも’70s初頭にボストンからNYに出て来たバンドなんで

一見スタイルは違えど先述の一連のプロト・パンクのヤツらと

同様の行脚をしていたと云えるワケだが・・・

その視点から見るとA-1『No Surprize』の冒頭の歌詞が興味深い

++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

.「オレら’71年にダッセェNYじゃちょっとはマシな方の

.  Max’s Kansas Cityちう箱に行って

.    ヤクをキメながらバンド演ってたんだけどよぉ(ry

++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

そういや

初期のエアロって

特にスティーヴンのイメージから

ストーンズのコピーキャットみたいな感じで云われてたし

そのスタイルでマクシズ辺りに出てたら

NYドールズとまる被りなんだよなぁ

(実際はThe Yardbirdsの影響が強くこのアルバムでも”Think About It”をカヴァー)

 

(歌詞原文部分)

.1971, we all heard the starters gun

. New York was such a pity

.  But at Max’s Kansas City we won

.   We all shot the shit at the bar

.     With Johnny O’ Toole and his scar

 

h ttps://www.youtube.com/watch?v=nctye2L_-cY

どうもつべ動画が貼れなくなってしまったようだが・・・

B-1『Three Mile Smile』のメタリックなソロがクレスポの仕事

 

 

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