とりあえず成り行き上

プログレッシヴロックはパンクロック

ザ・ブラスターズのドラマーBill Batemanと関係深い

ベリンダ・カーライルを擁するGo-Go’sも貼っておきたいっ

てか

この章ってガールズ・バンド(バンド・メイド〜)から始めたんで

もう既にやってる故→飛ばして行きたいんだが

重大な証言を得たのでそこメインに・・・

 

.     Go-Go’s – Beauty And The Beat(’81  I.R.S. / CBS Sony 1st)

 

前述したようにゴーゴーズのデビューは’80sに入ってからだけれども

結成は’77年でステージ・デビューは’78年と

イメージと違って実は古参77パンカーなのだ

レコード・デビューはStiffからの’80年のシングル『We Got The Beat』と

さすがスティッフとしか云い様がない目の付け所が速いでしょなヤツ

(それまだ見た事ないな)

 

カルフォルニアにはシングル(自主制作か弱小インディーズ)とアルバムの発売時に

間が開きすぎていてアルバムが出た時にはもうバンドの音が変わってしまったとか

そもそもシングルしか出ずに消えて行ったなんてバンドが大量に眠っていたんだが

その事が全く報道されなかったり日本でのレコの流通が無さ過ぎた為

リアルタイムでは前述の書籍『Hardcore California』みたいなシーンが

あった事さえもオレ達(一人です)わ知らなかった野田

これはあくまで個人的見解です・・・と云いたいトコロだが

この日本盤の解説で

(伊島薫カメラマンと佐野郷子フリーライターによるC調対談)

「現地で取材して来たけどL.A.にはパンクバンドがX一つしかいない(大意)」

なぞとの賜っているじゃナイッスか!Ω ΩΩ<ナ ナンダッテ—!?

いやいや

超大手CBS Sonyでさえこの認識だからむべなるかなー

少なくともディッキーズなんかの1st(’79)は日本盤もあるわけでおまいら何云っ天皇みたいな

じゃあ何でゴーゴーズやメムバーと同棲していたパンカーがいるのは何故なんだぜですかと

えろえろと矛盾があったりいくらなんでもんなワケねぇだろと思わせるが・・・

現地取材したモノにさもそう云わせるレベル(領域)の

それ程までに小さなムーヴメントだったのは確かなんさろうなと

解りやすく例えれば

東京ロッカーズだってライヴ会場に居たのは身内スタッフを含めて30人位だったりして

そんなシーンなんか無かったも同然だったワケでも

数十年経ったら過剰に伝説化されているのと似ているとも云える

(解りにくいです)

そうそう

よく想ふのはロスのパンクバンドの音ってどこか東京ロッカースに近い匂いがするてか

音が問題と云うよりNYやUKに比べて遅れ具合/憧れが近いちゅうか

昔のNYとLAってそこまで遠かったんやロカ(ry

 

プロデュースは

またもやロバート・ゴードンやジョー・キング・カラスコやブロンディ等でフェイムな

(このスッドレ限定)

ヒット請負人・・・リチャード・ガッテラーが仕事するする

ゴーゴーズの初期ライヴって酷かったらしいけど

この盤では演奏はむっちゃ文句無しなレベルでウマウマなので・・・

正直ホントに自演してたんやロカと疑ってしまうのよね

また

どの曲も禿しくレベル高くヒット性という点でも完成されており

作曲能力の点で考えても

この前までドシロウトだった女子がここまで急成長するって奇跡的ですよ

ただし

アー写見るとアイドルって割には皆すでに老け顔なんだよな

(だから顔パックで登場なのか?)

なぞと・・・

芸能界アルアル疑惑はさらに広がった!

(あくまで個人的疑念です)